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12/14
ホームレス合唱団


50thの誕生日 生きている証を感じたくて30分歩き、10分自転車のペダルを踏んだ。

夕刻、FNNの映像を通じて、一人の男性のことを知る。

大阪西成 通称あいりん地区から再出発した合田 清さん

阪神淡路の大震災を被り、音楽教室の大阪経営に息詰まり、行き着いた先があいりん地区であったという。

三角公園で弾いたキーボードから再出発のきっかけを作ったのは音楽だった。

「夜を迎えると心が安らぐんです。目が覚めなければいいと思うんです。それでも、朝目覚めると今日も一日生きなければならないと憂鬱になる。。。」

明日という日が来なければ・・・という願いはあまりに痛い・・・

そんな合田氏が呼びかけているのがホームレスで構成する男声合唱団である。


学府で音楽を学んだことのある方、カラオケ好きのおじさん、など5人のメンバーが集った。

公民館での初コンサートには230人ほどが聴きに集まったそうだ。

収益からはホームレスへの寝袋配布支援が行われるという。

11年ぶりにホームレスの増加が報じられている今日、音楽をきっかけとして人と人の交流が行われることに大きな意味を感じる。

「平和をください。。。」

その歌は共通した言葉として、そう遠くないうちに世界に響くだろう。






11/1
天・地・人


今日もNHKの大河ドラマ「天地人」を見てしまった。日本シリーズのダルビッシュ投手に目を奪われていたので、チャンネルを切りかえた時には既にドラマは始まっていた。。。

今年ほど大河ドラマを欠かさずに見たことは未だかつてなかったことである。なぜ、これほど心惹かれるのであろうか?なぜ、こんなにおもしろいと感じるのだろうか?

妻夫木聡氏をはじめ俳優諸氏の名演技もさることながら、やはりどこかで直江兼続という歴史上の人物に興味を惹かれるからだと思うのだが。。。

世は戦国ブーム。。。書籍からアニメ・パチンコ・コスプレまで戦国武将かはたまた三国志かといった潮流のさなか・・・それほどミーハーな感覚で「愛」一文字を見ているわけではない。

とはいえ、原哲夫氏の「花の慶次」に登場する兼続の年長の家臣に対する
「利いた風な口を利くな!!」の一喝に心震わせたことは確かである。

徳川の天下取りの最中にあって、豊臣家への忠義との間で翻弄されていく上杉家。。。
家康が時期将軍に秀忠をと明らかにした時、兼続は徳川側に付くか否かを問われる立場にある。

独眼流政宗が「どうするのか?」と尋ねる。。。

兼続は「それ(天下取り)よりも大切なことがある。」とこたえる。
「今は米沢の民をいかにして幸せにできるか・・・」が大切なのだと。。。

しばらくして、政宗が米沢の兼続を訪ねた。政宗が生まれた米沢の町を小高い山から見渡して、兼続に声をかけた。
「俺の生まれた米沢の地をこんなに変えやがって・・・。しかし、此処には天下がある。」
ドラマの脚本家は実に優秀だ。

かつて諸葛亮孔明が劉備に示した天下三分の計にもにた・・・地方自治の真に民のための政!

土地に生まれ、その土地に骨を埋めることが少なくなった現代において・・・郷土への尽力にいかほどの価値が見いだされるのか推し量るに難しいが、少なくとも切り取られた天の下、地があり人がいるということを新たな感慨を持って気づかされたことがうれしくもあり有り難きことかな。

国と地方の関係はやはり抜本的に見直され、それぞれの地方の実情にあった関係がつまるところその地に住む人々のために構築されなくてはいけないのだな。。。と感じさせられた。

漂泊の土着民・・・そう呼んでくれてもいいかもね。




10/26
「党高官低」って冬型の気圧配置 かっ!


マウント鳩氏の演説があった今日。。。

リトル・ストリーム氏が平野官房長官に一喝したそうだ。

「事業仕分けチーム」の人選について、党は聞いてない!!とか・・・


読売新聞は「党高官低」って表現してたけど、なんか冬型の気圧配置で北西の季節風が強くなって、日本海側は大雪にみまわれそうな感じだ。。。

「西高東低」だったら「政高党低」となるか???とか思いながらも寒い冬が来そうな予感がするのは私だけだろうか・・・

マウント鳩氏の「内閣の一元化」とは何を基盤としているのだろうか?「友愛政治」を掲げ、弱者・少数派を大切にするという熱弁も、いやはや「聞いてない!」の一喝で振り出しにもどるのではこころもとない気もするのだが。。。

そもそも、東アジア共同体構想に日本の将来を託すとう選択を国民一人ひとりがよく考えた末に民主党の議員候補に投票したのかは疑問でありまして、マニフェスト全てにOKという信託がくだされたわけでもないのでしょう。リトル鳩氏をはじめ政権政党所属各自はそこをはき違えては困るのですよ。政権交代で国民の信託を一手に引き受けたなんていうアホな考えを持ったところで、もうすでに少数派を大切にすることとは矛盾するのですから。。。

比較的マシ?少しは期待できる?若そうだし?熱意があるんじゃない?今の政治を変えてくれるかも?等々・・・国民の意識は一部の諸氏を除いては大半こんなもんじゃないのかなって思うのですが・・・。

前原くんしかり。。。「国破れて山河あり・・・」経済戦争に敗れた国に残るのは人と自然と文化なんですよ。ヒト・モノ・カネをどう動かそうと後に残るのは国土であり郷土だと思うのですよ。

大陸から観光客を招くのもいいでしょう。羽田をハブ化するのもいいかもしれません。しかし、それは企業戦略の手法だと思います。人と自然と文化が大切に守られ、育まれていく国には今の時代自然と人が訪れてきますよ。
人を来させるために行政が作ったモノで成功したモノがありますか!?ブームが去って財政破綻は起こしても、そこに残る財産は残骸だけでしょう。

日本が日本らしくアジアの中で、そして世界の中であるために、施策の根底に、どのような魂にもとづいたポリシーでもって、何を育むのかというビジョンとその向こうに見える将来の日本の景色を指し示すことなくして、国民の信託を得たと勘違いすることはあってはなりません。




10/25
書く文化から打つ文化へ


現在の日本社会を見つめると実に多くの打つがもてはやされている。
パソコンを打つ。
メールを打つ。PC・携帯
パチンコを打つ。パチンコ・スロット
麻雀を打つ。
ボールを打つ。野球・ゴルフ
薬を打つ。これはちょっと古いか??それに流行るといけない!
・・・・・・・・・・・・・。
そして、その速度や正確さが飛躍的に要求されてきたようである。

1983年に教職一年目だった私は通信というものを教師の視点から初めて生徒達に配るという経験をした。以前、父親が夜中、鉄筆でガリ版という印刷物をこしらえていたのを思い出すが、当時はボールペン原紙というのがあって水色の原紙にボールペンで字を書き、原紙がめくれた文字の部分にインクが付いて印刷できるというようなものだった。

当初の子どものような幼い字が、書くことによって少しは大人らしい字体へと成長していった自負がある。その2年後の1985年に、ワープロを購入した。機種はパナソニックのU-1プロだったと思う。PCはその頃職場に導入されてきたが、使い方が分からず・・・ロータス123なんていう表計算ソフトだったかを一部の御仁が使用していたようであった。

とりあえず、以後1年〜2年の間に私自身の書く「ライティング」は「タイピング」へと変わっていったのである。

話は変わるが、京都精華大学の某教授は新連立政権の福島みずほ社民党党首の署名の文字を見て、素晴らしいと評価した。あの子どもっぽい丸文字を褒めた人も珍しいのだが、その理由がおもしろい。丸文字には丸文字になる時代背景があるということだ。

丸文字が生まれて普及したのは1970年代。。。縦書き文化が横書きの文化に変わり、BまたはHBの鉛筆からシャープペンシルやペンに筆記具が変わっていった時期である。横書きで縦線を伸ばす必然はないし、ペンでは「はらい」や「はね」を書くことは思いの外に難しい。

また、丸文字を生み出したのは当時の女子学生たち(福島党首も含む)であり、平安時代に「平仮名」を生み出していった女性の流れを引いているというのである。そして、その女子学生達はウーマンリブから女性の社会参画への流れに乗って丸文字を社会の中に文化として定着させていったというのである。

なるほど、昭和4年生まれの母の文字はなかなかどうして美しい。だが、丸くはない。。。そして、私は横書きされた母の文書を見たことがないし、シャーペンで字を書く姿も目撃しないままである。

福島みずほ氏の文字が自分自身の成長と時代背景を表していることに某教授は感心したようである。

書くことが自分自身を表し、省み、次なる自分を見通すのであれば、打つことによって映し出されるものは何なのか?打つ文化の欠落に気づくことも東アジア文化圏(漢語:書く文化圏)の私たち日本人には必要なのではないだろうか。
              


                 
10/24
診断なき処方箋


文藝春秋11月号でエコノミストの浜矩子氏が「平成グローバル恐慌の謎を解く」のなかで述べられている政治と経済の関係は 筑紫哲也さんがご逝去される前にニュース23の特番で「現代の日本は病んでいます。・・・。」と語っておられたことを思い出させた。

ここ20年の間、日本の社会や人々の価値観に違和感を感じ続けて来た人は多いだろう。それが、何故なのか・・・。気づかずに巻き込まれていった私には理解できないもやもやした感覚があった。そのもやもやが解消しないまま教職に就き続けることに身体が拒否反応を示したようにも思える。

人・物・金のグローバルな動きはIT産業の隆盛とあいまって私の知らないところで思いもかけない社会現象を引き起こす原動力となっていたのだろう。

社会の一員として生活していくうえで、何らかのアクションをしてきた。それは、労働であったり、生産であったり、消費であったり、サービスであったり、義務としての納税であったりするのだが。。。その行動の責任が、私の理解の範疇を大きく超えて見えない壁の向こうで不問に付されてきたように思うのだ。

社会は私の行動責任など問わなくなった。。。当然、職務上の代価と報酬の点では責任が生じていたわけだが、私個人の行動が回り回ってどんなことに利用されているのか・・・そんなことはたいした問題ではなくて。。。回り回ることによって生み出される富が重要な価値観となっていったのではなかったか。私個人のこだわりや物事の考え方は、学校・地域という限られた空間では少しは息づいていたかも知れないが、多くの場合グローバルジャングルの中で路頭に迷ってしまい、やがてはどこかに吸収されていったようである。弱肉強食の原則的価値観の中でである。


経済の安定なくして、国民の生活はなりたたないし、人としての尊厳も保障されないのは自明である。また、社会主義において政治の経済誘導が旧ソビエト連邦において破綻したことも周知の通りである。ただ、この20年間、日本の政治が病んでいる日本社会及び経済の適正な診断をして処方箋を出さないできたことが今日の社会の病気の悪化を招いてきたことは確かだろう。

社会的ストレスで心身共に病んだ患者(経済)が愚かな医者(政治家)に抗うつ剤を処方され、服用量を増加させられ・・・さらに精神を悪化させていく。。。
投資がもたらす資本家への配当が優先され、利益と効率が最重要視されるなかで、低賃金労働力が確保できる中国へ生産基盤は移った。国内産業の空洞化は未だに穴埋めできずにいる。

唯一、バリューセットのマクドナルドとフリース素材を基盤に若い女性向けにファッションコーディネートしたユニクロが大躍進した。

浜氏は政治家に月光仮面の資質がいると述べておられるが、

私は、国民自身がブラックジャックにでもならないと病状の悪化は止められないなとも思うのだが・・・。




10/16
1匹のサワラとの出会い


秋の日本海。。。スズキのぶっこみ仕掛けにサビキで釣ったアジをつけて浮きで流していく・・・
いつものようにほったらかしにしておくと、竿先に魚信があった!浮きを見るとみるみる沖に走り、水中に潜っていく。。。
キタ!!こいつはハマチだな。。。勝手に思いこんで合わせてみた。
なかなかの手応えに期待は膨らむ。

水中から姿を現してきたのは・・・やけに細長い青緑に輝く魚体であった。。。
なんだサワラか・・・・。
とはいえこの日一番の大物。

サワラは出世魚で50cm位まではサゴシ(狭腰)といい、スリムなウェストをしているようだ。その後ヤナギサワラと呼ばれ、1mを超えるとサワラと呼ばれるらしい。

釣ったのはヤナギサワラというところ。。。

食のイメージは弁当や会席に顔を出すパサパサの焼き物・・・あれってあまり美味しくないですよね。なんか惰性で食してしまってる感がある。

しかし、3枚におろしてフライパンでムニエルにすると!!!美味い!こんなにジューシーで柔らかい肉質だったのかと驚かされた。

春を告げる魚・・・「鰆」とはいえ、これからが旬で「寒サワラ」といって脂がよくのっているらしい。瀬戸内海では5月頃に産卵に外海より入ってくるので、この時期に漁が盛んとなるらしい。

釣った魚には愛着が湧く。おそらくこれから弁当のサワラを食べるときにも、そのサワラの原風景を思いながら食することになるのだろう。

何処を旅して、今わたしの前にあるのか。。。

命の旅は大いなる意味を内在して続いている。

そんなことに気づかされた一匹のサワラとの出会いだった。




10/14
政治主導と国民益

20世紀少年が育った時代は企業益が少なからず国民益へと連動し、灰色の煙に閉ざされた政界ではあってもその期間国民は少なくとも経済的には豊かになっていった。当時の雇用制度は将来の家族設計に安心をもたらし、内需も拡大していった。

21世紀少年の育つ時代はどうなんだろう・・・

現在7〜8歳で小学校2年生くらいの子どもたちが育つ社会。。。

友愛とボーダーレスの旗印の下、中国市場介入へと動く資金・・・


郊外のセブンイレブンは次々と店舗をたたんでいる。一方大陸には新しい店舗が今日も生まれているのだろう。

その戦略は、作物を食べ尽くすイナゴの大群と重なって見える。。。

イオングループが今年度からミニストップの中国進出を始動させた。

イオングループの社長はいうまでもなく岡田外務大臣の実兄である。
関係はさておき、岡田外務大臣がイオングループ創設者の次男であることは事実である。国家戦略と企業戦略がだぶって見えるとき、21世紀少年たちが置き去りにされていかないか心配である。。。

数多の国策を削って生み出した保障で育つ子どもたちは、大人になって日本の空を見上げ何を思うだろうか・・・

新しい政権の政治家たちの魂が見えない。。。

「構想日本」だと! 企業の論理で国家主権が守れるほど甘くはない。

21世紀少年たちが流民となる日がこないことを願う。。。

政治主導のポリシーのもと、予算編成を巡って様々な制度改革が提唱されてきている。。。
問題は官僚主導から政治主導に切り替えることで、国民の声が国家戦略に反映されるのかということである。

例えば、来年の参議院選挙で民主党が勝利すると・・・政界における小沢一郎氏のグループは300人の代議士を抱えるともいわれ、かつてない最大派閥となる。日本の政界は良くも悪くも「闇将軍」の誕生をむかえるわけである。21世紀の国民は何処へ連れて行かれるのであろうか。。。

国家戦略というシステムの構築は、国民の意思とは違うところで一人歩きをし始める。そもそも、自民党政権への国民の否定がもとで生まれた新政権は、国民の意思や叡智を反映しているとは言い切れない弱みをもっている。

今、私たち国民に必要なことは、目先の制度改革の真意を見抜くこと、時間の経過を要する効果について正しく予想すること、そして、タイムリーに意見することである。

議員の投票時期はままならないが、言いたいことは自由に言える権利を大切にすることで、21世紀の子どもたちの未来を開くことができると信じている。



9/20
新政権の始動にあたって(その2)


民主党の左派勢力の掲げる政策に対して真っ向から批判する民主党都議の土屋たかゆきという男。。。実におもしろい。。。

外国人参政権の問題、夫婦別姓の問題、従軍慰安婦問題、靖国神社参拝の問題、拉致被害者問題、領土問題等々・・・民主党内部にも論議を提起する気概のある男が存在することはうれしい限りである。
もちろん私自身、土屋氏の考えとは異なる見解を持っている部分もあるが、日本という国の有り様を未来に向けて見誤らないことが私たち国民の肩に掛かっていることを強く感じさせられることは偉大である。

かなり右派の男であるが、心に武士魂を持って政治に取り組んでいるところは実にロックである。

私は、右も左も関係ない人間でありたいと思っている国民の一人だが、政治によって誘導されもたらされる利益の対象と手法が人として正しく、自分自身が納得できる「大儀」に基づいているかどうかは問題にしなければならないと思う。

そして、その利益が個々人の自由意志によって国枠にとらわれず他者へともたらされる社会システムを構築していかねばならないと感じている。

日本国民であるというだけで、実は多数政党の左派が構想した政策に準じなければならないといういわれはない。。。年貢は納めても魂だけは差し出さないこだわりをこそ我々は持たなければならないだろうし、そのことなくしてよりよい社会の実現などリアリティーのない絵空事にしかならないのではないか。

さしあたって、教員免許法についてはどのようになるのだろうか。「金は出しても口は出さない。」という方針の文科省で日本の教育は格差是正をともなってよりよくなっていくとは思えないのだが・・・。

 土屋たかゆきHPはこちら  
 土屋敬之議員
 偽装マニフェストの全貌

9/19
新政権の始動にあたって


例年になく涼しい夏の終わりに、候補者にとっては熱い戦いの選挙で政権交代が実現した。
ようやく新政権の始動とあいなったわけであるが、「心ある国の舵取り」を是非ともお願いしたいものである。
とりわけ、国交大臣の前原氏には京教大付属高校野球部のOBの代表格としても活躍してもらいたいものである。

折しも、川村カオリ氏がご逝去され・・・「愛をくださいwowwow・・・愛を下さい・・・」とリフレーンされる時の狭間に・・・「友愛」の旗印はどうたなびくのか・・・期待せずにはいられない。

私は政治は苦手である。俗に言う無党派層なのか・・・はたまたアナーキーなのか???
しかし、国民、府民、市民の一人として、行政の在り方については目を開き耳を傾けていく必要があると感じている。

8月の選挙で城陽市長選と市議会議員の補欠選挙が同時に実施された。。。
市長は現職の自民党の橋本氏。。。市議会議員には自民党公認の教え子の太田くんが当選した。全国で民主党の風が吹きあれる中、我が城陽市は天の邪鬼。。。といえなくもない。。。
だが、
東部運動公園の公共事業が見直されることもなく推進されていくことが市の将来の展望にどのような意味を持つのか・・・市民一人ひとりの見識が問われることは間違いないだろう。。。



7/31
明けない梅雨 巡り会えない夏の輝き


明日からいよいよ8月だというのに・・・
どんよりとした曇り空から時折激しい雨粒が落ちてきては、頼りなさげな青空をのぞかせ、湿気が増す日々が続く・・・
太平洋の高気圧は劣性で、大陸から日本海へと高気圧が進む。。。
黒潮ははるか沖を流れ、太平洋沿岸の水温も例年より5℃前後低いとか・・・
5月までのキンメがまだ獲れているらしく、夏が旬の魚はまだ揚がらない漁港も多いと聞く。。。

1993年以来だとも・・・冷夏。。。
日照時間の不足は農家には厳しい・・・

政変の夏・・・冷夏・・・たまには頭を冷やせと天が曰うのか。。。

梅干しの土用干しだってままならないですよね。。。

庭のケヤキで鳴くクマゼミの甲高いシャンシャンシャンも・・・どこか湿り気味なんですよ。




7/22
日食の空



46年ぶりの皆既日食が日本で見られると巷は湧きました。
悪石島へ出かけた人 数年にわたってその日の過ごし方と向き合った旅人 海外やクルージングに出向いた人 雲の上に出るために飛行機に乗り込んだ人  人それぞれの今日という日 
その日 その時 その場所を 多くの人が共有し感じたことだろう

私は地元に残り、天候の回復を待つ人であった
朝までの雨は降り止んだがあいにくの曇り空でした。
いたたまれなくて、午前8時30分に晴れ間を求めて車を出しました・・・
カーラジオからは大阪の雲は10時頃からとぎれていくとのMC

・・・雲は厚くたれ込めています。。。西北の空には新しい雲が沸き立ち、東の空には積乱雲が日食前の太陽の光を受けてか白く輪郭をあらわしています。

刻々と時刻が過ぎゆき、辺りは少し暗くなってきました。それが、日食のためか雲の厚みのせいなのかはわかりませんでしたが、体感温度はこの時期の日常に比べて確かに低く感じられました。爽やかな風が吹いてきました。夏の匂いを含みながらも涼やかさを携えた心地よい風です。

最大食をむかえる午前11時6分。。。静かに時が過ぎました。
数分たったでしょうか・・・近くで男の子の甲高い声が響きました。
  「見えた!」
見上げると、雲の薄くなった隙間から三日月のような形の太陽が見えます。次々と雲が流れゆき、部分日食の太陽は姿を見え隠れしています。

肉眼で見えなくなりそうなところを携帯のカメラで写すと撮影できました。雲のおかげです。消えて欲しいと願っていた雲の存在がとてもありがたいと感じられた瞬間です。
hard to happen  ありがとう

地球と月と太陽が一直線上に並ぶ  しかも月と太陽の見かけの大きさが同じという大きさと距離偶然というにはあまりにもピタッとはまる銀河での小さな出来事

太陽側からこの現象を見たならば、いったいどのように見えるのだろうか?とへそ曲がりな私はふと思い、一生懸命想像しましたが・・・ イメージできませんでした。。。

観音様がおられます。。。音を観ることができるお方(仏様)です。

今日私は色に触れることができたような感覚を持ちました。
それはとても柔らかな感触でした。  



7/10
師弟関係と量産システム@

この間、様々なことが起こり、少々混乱気味の頭の中を整理することにした。

マイケルジャクソンの死は45年間の彼のミュージックシーンをもって、今日の日本の音楽情勢に表面的なもの以上に問題提起を投げかけてる。というのも、家庭に端を発した彼の音楽活動は、やがてジェームスブラウン等々の師匠との出会いの中でモータウンの全盛とあいまって一世を風靡していった。ときとしてAV機器の進歩とあいまって作り出されたヴィジュアル作品は世界を魅了した。アーティストとしてパフォーマーとして彼が残した偉業はミュージックシーンへの多大な影響であろうが、問題はその後を引き継ぐものが見あたらないことだ。マイケルの死は一つの時代の終焉を顕しているように思えてならない。だからこそ、彼を振り返ることで感慨深いものが感じられる。かつて、エルビスプレスリーを偲んだときのように。

高校生日本一バンド楽曲コンテストをプロデュースしなければならないほど、日本の音楽業界は疲弊している。CDは売れず、パフォーマーの技量は水準の低下を招いているにもかかわらず、バンドマンの自己満足とオーディエンスの感受性の低さとがあいまって、閉塞感に息苦しさを感じるのは私だけではないだろう。

まずもって、日本の音楽が秋葉原の悲惨な出来事や大阪此花区のパチンコ店放火事件と無縁な
ものであり、その凶行を止めることができなかったことこそ大きな問題なのである。

師匠をもって技量を磨いたものが、自己研鑽に明け暮れ、真面目に弟子を育ててこなかったブランクは、現在の量産システムの中で育てられた大衆受けするミュージシャンに対抗する技量を持てなくしてしまった。

自己満足のアンダーグラウンドミュージシャンよりも大手事務所のなんちゃってミュージシャンの方が「うまい」のだからどうしようもない。

「伝心伝承」 若者よ!この人と思う師匠の元へ走れ!頭を下げ、その魂を学び、技を磨け!

原点にもどり、フュージョン×nされた楽曲に現在という新しい自由の風を吹き込んでくれと願う。

その者たちの勢力バランス抜きに望ましい社会の実現はありえないと思えるほどである。
6/10
四ノ宮浩監督 素晴らしい

新作映画「BASURA」が遂に完成した。編集時にサンプルDVDを視聴させていただいたが、フィリピンのシビアな現状が監督の目線を通して実感として伝わってくる凄い映像であった。

20年間フィリピンの貧困と向き合い、ゴミの山で生活する人々に密着して取材し続けたご苦労は想像を絶するものであっただろうと思う。

1995年第1作「スカベンジャー」に登場する子どもたちは豊かさに甘えている私たちに衝撃を与え、第2作「神の子たち」の変遷を経て、今回の「BASURA」へとその人生を刻んでいく。貧困の中で命を落としていった映画に登場する子どもたち。その子どもたちにもまた、人生とよべるものがあったことを私たちは気づかされるのだ。貧困の中で子どもを失った母親に育てられた子どもが成長し、また子どもを亡くす母親となる。断ち切れぬ哀しみを繰り返しながら、ただ時だけが移ろいゆくのである。

貧困の現状を時の狭間でとらえるのではなく、日常の連続性の中で「生きる」ということに辛辣に迫った四ノ宮浩氏はやはり素晴らしいと思う。

     映画「BASURA」ホームページ


2/15
ドラマと報道
科学捜査シリーズドラマを近年よく目にする。それだけ、関連性のある事件や捜査が背景にあり、ドラマ性の高い原作が数多く生まれてきているということであろう。
時代背景の善し悪しはさておき、ついつい見てしまう自分がいる。個人的には和製の「法医学教室事件簿」的なものよりも、洋ものの「CSI・・・」チックなものの方が見やすいので好きだ。この種の和製のドラマは時折、中身がごっちゃ煮状態になっている時があり、見ていてしんどくなることもある。見なければいいのだが、途中で視聴を放り出すのもこれまたストレスがかかるのだ。勝手に見て勝手に不機嫌になって馬鹿馬鹿しくなるが・・・「このドラマはフィクションであり、実在する・・・とは無関係です・・・」でちゃんちゃん。。。というわけだ。自分の位置が定まらない焦りすら覚えてしまう。
昨夜見たその種のドラマは、冤罪、警察組織の隠蔽、警察の正義、保険金詐欺、夫婦愛、刑事退職後の人生、恋愛・出産など、内容が盛りだくさんすぎて消化不良でうっぷとなった。主人公が一連の事件に関わっている一方でサブキャストがクローズアップされすぎる。筑前煮をバケツ一杯食ったような気分だった。こうなると、公共の福祉に反するということで放送禁止もありえよう。。。見なければいいという問題ではない。プロデュースの質に関わる問題なわけだ。
一方、CSIシリーズはスマートだ。スマートさの中に人間模様があり、2つの事件が同時進行していくのにごちゃごちゃしていない。こってりとあっさり。。。なんか天一のラーメンのようだが、あなたはどちらがお好きですか???じゃないだろう。
ニュース報道もまたしかり、やたらとコメントを挟むキャスターにこってりさを覚え食滞気味。。。あなたの脂っこさよりも真実の映像と音声がほしい。化学調味料をふんだんに使って味付けしたような報道はこってりドラマとさほど違わないように感じるのだが・・・・ニュース報道の最後に「今日の報道はフィクションであり実在する・・・・」とかって字幕でも入りそうなもんだ。

なんにしても、深くて粋な番組に出会えたらうれしいものなのだが・・・・

2/14
疑問だらけのルールと報道
<その1>15秒ルール
試合時間短縮のために12球団の承認のもとで採用され適用されている15秒ルール。。。

走者なし時に捕手からの返球を捕球した後15秒以内に投球動作に入らなければならないという投手にとってはストレスがかかりそうな新ルールだ・・・

ルール採用によって打者にとっても間合いをはずしにくいというしばりが生まれ、投手対打者の真剣勝負が時間という互いの技術を越えた制約を受けることになる。。。

抗議が殺到しているようだが・・

そもそも、真剣勝負には時間の制約はありえないのではないか・・・
巌流島の対決で「小次郎待たせたな・・・」の武蔵はルールアウトだし、少年時代に放映された「巨人の星」では、星飛馬対花形満、左門豊作、オズマの対決は決まって互いの目が燃えたまま1週間の持ち越しだった 笑

見ている者にもストレスがかかるが、その間が実に妙なのだ。。。

日本人にはその間合いが楽しいのである。
「強いてはことをし損じる」昔の人はうまく言ったものだ。
釣り人が合わせの間を楽しむように、真剣勝負の間は絶妙である。
手返しよく釣るのもよいが、一投一投考えながら仕掛けを投入するのも楽しみなのだ。

百歩譲ってスポーツの世界に引き寄せても、試合時間の短縮が放送時間の関係と連動していることは残念である。

バレーボールのルール変更も当時のTV放送と無関係ではなかっただろうし、スポーツの本質がメディアや企業の都合でいじられることには少なからず不満が残る。。。

試合を戦う選手たちにとっても、試合時間が短縮することが労働条件の向上になるわけでもないだろう。そんなつもりでプロの選手が務まるわけがない。

各企業のスポーツクラブ事業からの撤退が報じられている今日、日本のスポーツ界がいかに企業におんぶにだっこだったかが顕著になった。

公共財としてのスポーツの在り方を考えさせられるNPBの15秒ルールである。

<その2> 大麻取締法
昨年の秋頃から大麻不法所持や大麻使用の検挙ニュースがやたらと賑やかだ。。。
昔は一部のアーティストやタレントがその対象であったが、大学生やスポーツ選手が名を賑わせている。本日はラグビー選手の大麻報道がされていた。
青少年の薬物乱用に歯止めをかけようとしているのだろうが、報道のされ方が腑に落ちない・・・

俺はカンナビストではないし、別段、麻産業に関与しているわけでもないが、違法ではあれ消費者として個人的に使用した者が叩かれ、仕入れ・販売によって違法に利益を上げている者達が叩かれていないのはいかなるものか。。。
マスメディアの報道は、自己責任とはいえ一人の青年の生涯を社会から隔離する事にもなりうる。

本来、アメリカにおいて産業構造の変革と政治的思惑で法律化された側面もあるような大麻取締法。。。

国際法として成立した裏には、合成繊維や合成薬品の台頭と企業の思惑が見え隠れするような。。。

今日の過剰なまでの大麻消費者叩きの意図するところは何なのか???

種や繊維は身近にあるのにTHCを含有する花穂や葉からとれる大麻樹脂等については詳細に正しい情報が伝達されてこない。

違法だから逮捕は仕方ない。現状を変えたいなら論議して、法改正を行えばいい。しかし、青少年を守る観点から言えば、厚生局麻薬取締部や地方自治体衛生部薬事管理課及びマスメディアは輸入販売組織をこそ白日の下にさらすべきではないのだろうか。。。
大学生やスポーツ選手を叩くことで、問題解決に迫っているかのような錯覚を起こさせている現状はどうよ。。。

何某か? その意図するところは???


2/11
地場産業とまち構想

京都は城陽に生まれ育ってはや半世紀。京都へ5里、奈良へ5里の「五里五里のさと」城陽。
その中途半端さ、さながらに経済成長にともなって旧村と新興住宅地が混在し、部分的には大型スーパーと新しい道路が夕日を受けるまちとなった。
それでも、変わることなく春のたよりは青谷中村の梅林からやってくる。梅の木はずいぶん老木になったようだが、じいさん、ばあさんの想いに応えようと懸命に花を咲かせて実をつける。
上州白の花は上品だ。ところどころ、がくの朱に染まりほのかな趣をかもし出すのがいい。実は青梅として出荷され、黄色く熟したものは家庭の梅干しとしてしその葉と一緒につけられた。赤くしょっぱい梅干しがばあちゃんの梅干しだ。
そんな梅畑が昔は東部丘陵地に点在していた。映画20世紀少年でお馴染みの70年万博当時、東部丘陵地の山砂利は万博建設に大いに活用された。当時私は小学校5年生で、山砂利採取場のダンプカーによく乗せてもらった。宅地開発とも相まって、梅畑は雑地から宅地へと姿を変えていった。
久世郡城陽町から城陽市へ・・・市の発展は多くの人の努力に支えられ、時として諸問題を乗り越えて築きあげられてきたのだろう。

今、郷土を思う時、利権や思想をさておいて、未来の子どもたちにどんなまちを提供するのかを考え合わねばならないということだ。

今日の経済状況において、地方分権・自治がそう容易く実現できるものではない。
住民の願いが何なのか、地場産業の振興はどう進めればいいのか、都市計画や環境整備に何を望むのかを誰かさんまかせにしておくわけにもいくまい。

とりあえず、考えることからはじめたい。考えれば思いつくこともあるだろう。

あなたのまち構想・・・想うことあらば info@raychel.jp まで 



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北限の猿

青森県下北半島に天然記念物「北限サル」として保護されてきたニホンザルが生息している。しかし、このサルたちは近年農作物を荒らしたり、住宅街に姿を現し人を傷つけたりしているとのこと。
全国ではここ30年あまりの間に、ニホンザルの生息地が1.5倍にも増加しているようである。

サルと人間との共生を願いはするものの、地元の人たちは継続して難儀を強いられている。1匹の渡りサルが近辺に出没しただけで、学校は大騒ぎをしたことがあった。児童・生徒の安全確保に奔走した覚えがある。毎日のことなら尚更である。

人間が保護し、生存を保障してきた動物たちが地域の人に害を及ぼす状況・・・

地域猫の問題とは出発点が異なるが、動物と人間との関係を将来的にどう築き上げていくのかという問題は、重要課題である。

囲い込みの善し悪しは賛否両論あると思うが、予算がないという理由で柵の一つも設置できないような施策ではとうてい問題解決はできないのではないだろうか。

人々の暮らしを守り、かつ動物たちの命を尊重する施策への予算化が必要である。

 
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映し出されなければ闇の中

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映画上映会 『タクシー・トゥ・ザ・ダークサイド』 
  〜「テロとの戦い」の闇に切り込む、衝撃のドキュメンタリー〜
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劇場未公開作品!参加費無料です!
奮ってご参加下さい。

日時: 2月1日(日) 18:00〜21:00 (17:45開場)         
会場: 明治学院大学白金校舎 本館2階 1201教室
参加費: 無料、事前申込み不要(定員:190名)                
主催:明治学院大学国際平和研究所(PRIME)
協力: 社団法人アムネスティ・インターナショナル日本

解説: 川上園子さん
    (社団法人アムネスティ・インターナショナル日本、国際キャンペーン担当)

2008年、第80回アカデミー賞授賞式

長編ドキュメンタリー賞を受賞した
『タクシー・トゥ・ザ・ダークサイド』
 (Taxi to the Dark Side)

その監督アレックス・ギブニーは、 受賞コメントで、次のように語った。
「妻のアンは、私に、  ロマンティック・コメディでも  撮って欲しいと思っていたかもしれません。
でも、グアンタナモやアブ・グレイブを 知ってしまった後、 それは、出来ませんでした。

 アフガニスタンの田舎で暮らしていた 22歳のディラワル(Dilawar)さんは、
家族からもらった中古のトヨタ車で、 タクシーの仕事を始めたばかりだった。
2002年12月5日、 その日も、タクシーを運転して、 ホースト(Khost)の街まで出かけ、 そこで、3人の客を乗せると、 ヤクビ(Yakubi)まで向かった。
途中、アメリカ軍の サレルモ駐留基地があった。
その日の朝、サレルモ基地は、 何者かによってロケット弾が打ち込まれていた。 ディラワルさんのタクシーたは、 アフガニスタン人の兵士たちの
検問に止められる。 兵士たちがタクシーを調べると、 トランクから、 ロケット弾の部品となるものが出てきた… …と、兵士たちは主張し、 ディラワルさんと、乗客3人を拘束した。
そして、アメリカ兵に引き渡した。
ディラワルさんたちは、 アメリカ兵が運営する バグラム(Bagram)収容所に連行される。 その後、タクシーの乗客3人は、 悪名高いグアンタナモ基地に送られる。 その1人は、 釈放されたとき、こう語った。
「バグラムは、 グアンタナモよりも、はるかに酷かった。」
翌日、12月6日、 最初の尋問官ジョーンズたちが、 ディラワルさんの独房へやって来た。 水を持って行くと、、 その囚人が、つばを吐きかけて来たので、 男の脚へ、膝蹴りを何発か加えた… …と、ジョーンズは証言している。
「その時、その男は、 "アラー!、アラー!、アラー!"と、  彼らの神の名を、叫びました。 そんな反応は聞いたことがなかったので、  私は…、そして、誰もが、 それを、 面白がりました。」
それは、たちまち、 バグラム収容所内の娯楽となった。 誰もが、ディラワルさんの叫び声を聞くために、 ディラワルさんを蹴り上げていった。
「それは、24時間以上続きました。 たぶん、100回以上になると思います。」 そう、ジョーンズは言っている。
ディラワルさんは、絶望から、 さらに大声で叫び続けた。
「ここから出してくれ。 こんなところには居たくない!」
だが、その叫びの内容は、 方言のために、 ほとんどの通訳者でさえ分からなかったと言う。
12月8日 ディラワルさんは、4度目の尋問を受ける。
21歳の尋問官ウォルス(Walls)は、 「彼の証言は曖昧でした。  私たちは"100%の真実"が欲しかった。」 そう証言している。
また、別の尋問官サルセド(Salcedo)は、 ディラワルさんが、
笑みを浮かべながら質問に答えなかったり、 床にひざまずいたり、壁に向かって座るのを拒否した… …そう、不満げに語っている。。
ただし、その場に居た通訳の アマザイ(Ahmadzai)さんによれば、 その状況は、少し違う見方になってくる。
尋問官たちは、ディラワルさんに対し、 "アメリカの基地を攻撃した"と決めつけた。 ディラワルさんは否定した。 尋問官たちは、ディラワルさんを、ひざまずかせ、 無理矢理、頭の上で手を組ませた。 手が下がってくると、 叩いて、その手を戻させた。
「セレーナは、彼を、腰抜けとののしり、 "おまえは男か"などと侮辱しました」 そう、アマザイさんは、証言している。
何度も何度も脚を打ちのめされたため、 ディラワルさんは、 椅子に座ることも難しい状態になった。 すると、2人の調査官が、 ディラワルさんの服をつかむと、 何度も壁に打ちつけた。
「それは、10分から15分ほど続きました。」 通訳のアマザイさんは語る。
「彼は、弱って、起きあがれなくなりました。」
尋問官たちが、そんなディラワルさんを 無理矢理立たせると、 セレーナは、ブーツで、 裸足のディラワルさんの足を踏みつけた。
「セレーナは、ディラワルの股間を、 右足で蹴り上げました。 それから、数歩さがって、 また、彼を蹴りました。 最初の10分ほどは、取り調べをしていました。 しかし、その後は、 彼を、押し倒し、蹴り上げ、 怒鳴りつけていました。 なんの尋問も行われていませんでした。」
通訳は、そう証言している。
"尋問"を終えると、尋問官たちは、 ディラワルさんの両腕を、 天井の梁から、クサリで、つるした。 翌朝、ディラワルさんは、 再び叫び始めた。
正午ころ、アメリカ兵は、 通訳たちを呼ぶと、 ディラワルさんを静かにさせてくるように言った。
通訳のバエルダ(Baerde)さんは、 ディラワルさんのところへ行き、「もし、クサリをはずして、座りたいのであれば、  1時間は、静かにしなくては駄目だ」そう言った。
すると、ディラワルさんは言った。 「後1時間もつるされていたら、
 私は死んでしまう。」 30分ほどして、バエルダさんが、 再び様子を見に行くと、 ディラワルさんは、 つるされながら、ぐったりとしていた。
「彼は、医者に見て欲しいと言っていました。  具合が良くないと。 足が痛いと言っていました。」
バエルダさんは、看守官に、そのことを告げた。 すると、看守官は、 ディラワルさんの指の爪を押して、 血行を確かめた。
「問題ない。  こいつは、ただ、  便所に行きたいだけだ。」
看守官は、そう、バエルダさんに言った。
12月10日、早朝2時、 再び尋問が始まった。
ディラワルさんは、すっかり弱り切っていて、 彼の妻が死んだなどとつぶやき続けていた。 また、尋問官に、 看守官たちから暴行を受けていると伝えた。
「しかし、それについて、 わたしたちは取り合いませんでした。」
通訳のバリャライ(Baryalai)さんは、 そう語っている。
「ジョシュ(Josh)は、 机の反対にいる彼の服をつかむと、 自分の方へ引っ張り、 そして、彼の胸を、机にたたきつけました。」
尋問官は、ディラワルさんを、 ひざまずかせ、 両手を頭の上に組ませようとしたが、 4日間つるされ続けた手には、 何の力も入らず、 彼の脚は、その体勢をとれないほど、 ぼろぼろになっていた。
尋問官は、そんな彼を、壁にたたきつけた。 その時の状況を通訳のバリャライさんは、 次のように語っている。
「ディラワルは、懸命に、 尋問官の言う通りにしようと 努力しているように見えました。 しかし、彼の身体は、 もう、そうすることは出来ませんでした。」
最後には、尋問官のウォルスは、 ディラワルさんの身体をつかむと 激しく揺さぶりながら、 協力しなければ、 アメリカの刑務所へ送ると言い、そして、
「9.11の攻撃で怒り狂っている アメリカの囚人たちに、 おまえは、女のように扱われるんだ」 そう怒鳴った。
そして、ディラワルさんは、死んだ。
検死官の1人、エリザベス・ローズ中佐は、 こう語っている。
「私は、以前、これと同じような  怪我を見たことがあります。  それは、バスに轢かれたものでした。」
翌年2003年2月、
アメリカ軍は、 サレルモ基地のロケット攻撃について、 新たな容疑者を逮捕したと発表した。 それは、ディラワルさんと乗客を拘束した、 あのアフガニスタンの兵士たちだった。
グアンタナモに収監されていた 3人の乗客が解放されたのは、 それから1年以上後の、 2004年3月だった。
後に、この事件で、
27人のアメリカ兵が逮捕され、 その中の15人が起訴、 5人が有罪となり、 そのうちの2人が、 懲役2ヶ月と3ヶ月を、 それぞれ宣告された。

2009年1月
アメリカの新大統領バラク・オバマは、
「個人を秘密の場所に拘禁したり  水責めのような手法で拷問したりすることを、  今後、米国は承認しない」… …という大統領令を発令した。

ディラワルさんの人生は、 奥さんと、 2歳の娘ビビ・ラシダ(Bibi Rashida)ちゃんを残し、 22年で、終わりを告げた。
お兄さんは、ディラワルさんについて、 「シャイで、実直な男だった」と語った。
映画『タクシー・トゥ・ザ・ダークサイド』の監督
ギブニーは授賞式で、 「この作品を今は亡き2人、 ディラワルと 法の下に、このような行為が起きていることに、 とても怒り、  ギブニーに、このドキュメンタリーを撮ることを、 強く勧めてくれた、元海軍の父に捧げたい」と語った。
-- わたしは、この文章を、 ディラワルさんの残された家族、 両親と、その兄弟、 奥さんと、 当時、2歳の娘ビビ・ラシダちゃんに… …そして、この戦争に関わった、 すべての国と、その人々に捧げたい。

                                 以上(世界の肖像コミュ)より
1/19
オバマ大統領就任式@ワシントンU.S.A

NHKがLIVEでオバマ大統領の就任式を放映している。

TVカメラは黒人オーディエンスの歓喜の表情を映し出す。

各位の挨拶は必ず「神のご加護を・・・」含んでいる。

歌が歌われ、楽曲が奏でられる。。。

ジョンウィリアムスの「エアアンドシンプルギフト」

優しさと力強さそして未来への躍動を感じさせられる楽曲だ。

フォースと共に・・・

それは、鷲の刻印がされた武力ではなく、万人の持つ人間の尊厳としての力。。。

宣誓「忠実に・・・ 全力で・・・ 神よ我に力をお貸し下さい。」


1970年代の南アフリカのアパルトヘイト政策への黒人運動が思い浮かんだ。


揺るぎない精神

平等と自由と幸福を私たちがあたえられているという約束

私たちのために働き、戦ってきた人々がいます。

今日から私たちは立ち上がり、造り直さなければならない。

政府が機能するかどうかということ

市場のコントロール

安全保障。。調和。。。

貧困国支援。。畑が豊かに実り。きれいな水が流れる・・・


建国の父の精神

希望と美徳を持って・・・

私たちの子孫にも神の祝福が・・


可能性を秘めた就任演説だった。

我が国はどうか。。。。

教養も大切だとは思いますが、それは知識の断片のようなもの・・・

その断片を紡いでいくと物事の本質が自分なりに明らかになっていく・・・

それは、他者にとってどうかというようなものではなく、自分自身の有り様を少し明確にしてくれるものなのかもしれませんね。

中卒が金の卵といわれた時代。。。
物作りの精神を親方から学び、継承発展していった人たちがいました。

家計のために学びが保障されず、丁稚奉公に出された坊主頭の少年は、旦那さんから商いの精神を学び成長した。

畑を耕し、実りに感謝し、わずかな糧を家族と分かち合った百姓は、社会を支えていることなど知らずとも、働くこと、生きることを享受されていた。

厳しい現状、辛い生活、痛い出来事、希薄な自己存在感・・・など程度の差こそあれ生きているのだから当たり前だとこの頃思うんですよ。

社会的に改善できることは改善すればいいし、自分の受け止め方で変えられる現実なら自分の意識を変えてみればいいって感じかな。

生きることにおいて、私たちは自由であること。

その自由が多くの人たちによって勝ち取られ、守られ、享受されていること。

そして、私たちはオバマ大統領が演説した「神の庇護のもと」に代わりうる日本人としての精神を今一度見つけださなくてはならない。。。








1/13
渡辺喜美衆院議員の暴走モード突入

本日自民党に離党届を提出した渡辺議員の記者会見が14時30分に行われた。

今後の行動として、国民運動を展開していく旨が語られたが、
楽観を許されない今日の日本の社会状況を見ると政治家の中からも誰かがやらなくてはならない仕事なのだろうと思う。

経済大国日本という過去のステータスが頭から離れない自民党中央幹部の党存続に関わる政局への危機感と渡辺議員の国民の意向とかけ離れた政治が行われていることへの危機意識とが同じ土俵で噛み合うわけもなく・・・

今後渡辺氏がどんな具体的施策掲げるのか。
また、施策実現に向けて地方行政とどのように連携を図り行動するのか楽しみだ。

次回衆院選挙までにどのような動きをするのか尋ねてみたいところだ。

民主主義という数の論理の基盤にあるのは国民の願いと思慮だと思う。


我々は国家に保護を求める民であってはならない。
我々が国家を支える主体者としての民であり、日本国に籍を有することにおいて政治に参加する権利を持っているのである。

政党政治は刻一刻と変化する国民生活や国民意識に対応しきれない弱点を顕わにしてきている。しかし、政治のしくみを変えられないのなら、その弱点を克服する方法が国民に委ねられていることは救いである。

派閥の前に政党有り 政党の前に国民有り

国民一人一人が、自らが所属する場でいかに行動するかが問われているに違いない。

沖縄の成人式で最後?の暴走をし、警察に取り押さえられた青年は
「痛いっ!」と自らの痛みを声に出すのではなく、「痛みをこらえて生きている人たちに大人社会は何ができているのか!」と叫ぶべきであった。

何はともあれ保身やことなかれ主義で世の中がよくなるわけがない。

渡辺氏の暴走モード突入は次回覚醒モードを引き当てるのか。

いずれにしても、まだ出玉には結びつかないのが現実だが・・・





1/11
イスラエルのガザ地区への武力行使が依然として続いている。
子どもたちを含む800人あまりもの人の尊い命が失われている。
これは単なる宗教問題による武力行使とは考えにくい。
ただ、宗教や民族の問題が事の解決を難しくしていることは確かだが。

国連安保理の決議が速やかに実行されること。
国際人道法により傷ついた人は速やかに保護されること。

を広く国際社会に訴えるものである。

世界的な不況は軍需産業に依存して回復されるべきではない。
破壊と再生のプロセスによる事業の受託は幼い子どもたちを含む尊い人命と引き換えにされるべきではない。

今、この時にもミサイル攻撃によって死んでいく人がいるという現実。
遠い国の問題ではない。
もはや、イスラエルの自国の防衛に関わる問題でもなければ、テロとの戦いという問題でもない。

「世界の肖像」コミュ by ミシェル氏より ***以下抜粋***

サモウニ家の人々は、
自分たちが、危険な状態に
陥っていることを知っていた。

サモウニ家の人々は、
イスラエルが攻撃の対象としている
パレスチナの政権党
ハマスの拠点地域、
ガザのゼイトゥンに住んでいた。


この2日間、赤十字社・赤新月社に、
自分たちを救出に来てくれるように、
要請し続けていた。


だが、誰も助けには来なかった。

そして、来たのは、
イスラエル兵だった。


日曜日の夜、イスラエル兵は、
サモウニ家の人々に、
ここから、即刻立ち去るように通告した。

サモウニ家は、それに従った。


翌、月曜日の朝6時、
イスラエルの戦闘機の放ったミサイルが、
サモウニ家の人々が逃げていた、
親戚の建物へ命中した。


サモウニ家族、親戚、
11人が殺され、
26人が負傷した。

殺された者のうち
5人が子どもで、
最年少は4歳だった。



シファ(Shifa)病院には、
ゼイトゥン地域中から、
数百もの人々が押し寄せていた。


その中の1人、20歳の女性、
マソウダさん(Masouda al-Samouni)は、
夫と、夫のお母さん、
そして、10ヶ月の彼女の男の赤ちゃんを亡くした。

マソウダさんが、赤ちゃんのために、
食事の用意をしていたとき、
ミサイルが命中した。


「赤ちゃんは、お腹を空かせて、死んだの」
そう、彼女は語った。
    
*********************************

一人の唄い人がギターでガザの子どもたちを唄っています。
私たちはその思いに耳を傾けなくてはなりません。
http://jp.youtube.com/watch?v=KPJBIArFjMo

この時期にこのことを記さなければならないのはとてもつらいことです。

仕事を打ち切られて、寝るところも、食べ物を買うお金も、生活の補償もない人たちが多く出ている日本の現在の状況を踏まえても、遠い国の出来事で済ませるわけにはいきません。

私たちは、人の尊厳や命の重さが社会のシステムの中で個人の主体的な意志の届かないところで蹂躙されることを黙認することはできません。

なぜなら、そのことを黙認することは社会における自分の主体的な存在を否定することになるからです。

イスラエルの攻撃は即時中止されるべきです。国際社会の一員として私は現在の中東におけるイスラエルの軍事行動を認めるわけにはいきません。

                                   2009.1.11
                                   ライフケアサポート レイチェル
                                          ikoma akihiro



       

2009 1/1
   賀正    

  あけまして おめでとうございます

 本年も「自由の風潮」と「倭(やまと)こころ」をベースに皆様とともに
人が生きることの尊厳を見つめてまいりたいと思います。

                            どうぞよろしくお願いします。



ライフケアサポート レイチェル
〒610-0112 京都府城陽市長池北清水102-10
TEL:0774-52-6712 FAX:0774-52-6618
E-mail:info@raychel.jp

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